M&A概観

廃業とM&A、費用・手順・保証の比較基準

後継者がおらず、廃業とM&Aのどちらに進むかを迷っている段階で確認すべきことを整理します。費用の出どころ、手続きの進み方、経営者保証の扱いという3つの軸で、自社がどちらに当てはまるかを判断するための記事です。

公開 更新 カテゴリ M&A概観 読了目安 約6分

編集 M&A攻略ガイド編集部

財務資料を広げて企業価値と取引条件を検討するM&A担当者
企業資料と評価図を使ってM&A支援会社を比較する編集イラスト

この記事の前提

想定読者
後継者がおらず、廃業とM&Aのどちらに進むかをまだ決めていない中小企業の経営者
読了後の状態
廃業とM&Aを、費用・手続き・経営者保証の扱いという同じ軸で比較し、自社がどちらを先に検討すべきか判断できる状態

「後継者がいないなら、畳むしかない」という結論は、費用と手順を比較する前に出ていることが多くあります。廃業とM&Aは、どちらも「会社を終わらせる・渡す」という点では似ていますが、お金の流れと手続きの進み方はまったく別物です。

比較を先延ばしにする理由の一つは、廃業にかかる費用を具体的に数えたことがないことです。清算のための支出は、経営している間はほとんど意識しない項目ばかりで、見積もりを取るまで規模感がつかめません。もう一つの理由は、M&Aという選択肢を「相手が見つかるかどうか」でしか考えていないことです。相手が見つかるかどうかの前に、見つかった場合に何がどう変わるのかを、廃業と同じ土台で比べておく必要があります。

ここでは、費用・手続き・経営者保証という3つの軸で、廃業とM&Aを比較します。どちらが優れているかではなく、自社の条件がどちらの構造に当てはまるかを確認してください。

廃業にかかる費用は「支出だけ」で構成される

廃業(解散・清算)を選んだ場合、手元に入るお金は基本的にありません。発生するのは支出だけです。

  • 在庫・設備の処分費 — 売却できるものは売却に回りますが、産業廃棄物として処理が必要なものは費用がかかります。
  • 原状回復費 — 賃借している物件があれば、スケルトンに戻す費用が発生します。
  • 従業員への対応費 — 解雇予告手当や退職金は、人数と勤続年数で決まります。
  • 清算手続きの費用 — 解散・清算の登記、官報公告、税務申告にかかる専門家報酬です。
  • 借入金の返済 — 残っている借入は、原則として清算の過程で返済する必要があります。

これらの費用は、業種・規模・賃借物件の有無で大きく変わるため、ここで一律の金額を示すことはできません。確認する方法は一つで、上の5項目について、それぞれの専門家(廃棄物処理業者、原状回復業者、社会保険労務士、司法書士・税理士、取引金融機関)に個別に見積もりを依頼することです。

重要なのは、この5項目を合計してから廃業を選ぶかどうかを決めることです。合計せずに「畳めば終わる」と考えると、清算の途中で資金が足りなくなる事態が起こります。

M&Aで譲渡する場合、費用の性質が変わる

M&Aで株式や事業を譲渡する場合も費用は発生しますが、廃業とは性質が異なります。

仲介会社やアドバイザーに支払う手数料は、着手金・中間金・成功報酬のどれが発生するかによって、成約しなかった場合の持ち出しが変わります。完全成功報酬型であれば、不成立に終わっても大きな支出は発生しません。手数料の決まり方はM&Aの手数料はどう決まる?レーマン方式と完全成功報酬の仕組みで確認できます。

一方、廃業にはない収入の可能性もあります。株式譲渡であれば譲渡対価が、事業譲渡であれば譲渡の対価が経営者側に入る余地があります。入るかどうか、いくら入るかは相手との交渉と企業価値の算定次第で、確定しているものではありません。算定の考え方は会社の値段(企業価値)の計算方法で整理しています。

つまり、廃業は「支出だけが確定している」のに対し、M&Aは「支出の一部が条件付きで、収入の可能性がある」という構造の違いがあります。赤字や債務超過であっても買い手が付く条件があるかどうかは、「うちは売れない」は思い込み?廃業を考える前に知っておきたい、赤字・債務超過企業のM&A売却術で確認してください。

分かれ目になるのは「経営者保証」の扱い

廃業とM&Aを比較するとき、最も差が出やすいのが経営者保証(個人保証)の扱いです。

法人の借入に経営者が個人で保証を付けている場合、廃業(清算)を選ぶと、保証人である経営者個人が残債務の返済を求められます。これが、廃業を躊躇する最大の理由になっていることは少なくありません。

この問題について、全国銀行協会は「経営者保証に関するガイドライン」を公表しており、その中に廃業の場面を対象とした基本的考え方が含まれています。ガイドラインは、経営者による個人保証が、思い切った事業展開や、経営が行き詰まった際の早期の事業再生・廃業の判断を妨げる要因になっているという問題意識のもとで整理されたものです。

出典:全国銀行協会「経営者保証に関するガイドライン」(https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/)(2026年10月時点)

このガイドラインに法的な強制力はなく、対象債権者(金融機関)による自主的な遵守を前提とした取り組みです。保証債務がどこまで整理できるかは、個々の金融機関との協議、保有資産の状況、弁護士など支援専門家の関与によって変わります。一律の基準で「保証が外れる/外れない」と判断できるものではないため、該当する場合は顧問税理士・弁護士または取引金融機関に、自社の状況で何が整理の対象になるかを確認してください。

M&Aの場合は、清算を経ずに事業が続くため、経営者保証を譲渡と同時に解除できる可能性があります。この手順は経営者保証を外す手順|譲渡と同時に解除する段取りで扱っています。廃業とM&A、どちらでも保証をどう外すかが論点になりますが、外すための道筋が違う、という点を押さえておく必要があります。

手続きの進み方を比べる

費用と保証に加えて、手続きの進み方そのものも違います。

廃業(解散・清算) M&A(譲渡)
所要期間の目安 清算結了まで複数の手続きが順に発生する 相手探しから成約まで、相手の有無に依存する
関与する専門家 司法書士・税理士・(保証が残る場合)弁護士 仲介会社・アドバイザー・税理士・弁護士
途中で引き返せるか 解散決議後は原則、事業継続に戻れない 条件が合わなければ、交渉を打ち切ることができる
結果が確定するタイミング 清算結了時点でほぼ確定 相手が見つかるまで結果が見えない

廃業は「結果が見えている分、引き返せない」手続きで、M&Aは「引き返せる分、結果が見えるまで時間がかかる」手続きです。どちらが向いているかは、経営者が今、時間的な余裕をどれだけ持てるかによって変わります。資金繰りが先に尽きる状況であれば、M&Aの相手探しを待つ余裕がない場合もあります。

自社がどちらに当てはまるかを見分ける

ここまでの3つの軸を、判断の型として整理します。

廃業を先に検討すべき状態 M&Aを先に検討すべき状態
資金繰り 清算費用を払える現金がある 相手探しの期間、事業を継続できる
保証 保有資産でおおむね返済できる 保証を外す交渉の余地がある規模の借入
事業の中身 許認可・顧客・技術など、買い手が評価する要素が乏しい 時間・拠点・技術・顧客口座など買い手が欲しがる要素がある
決断までの時間 資金が先に尽きそうで、猶予がない 数か月単位で相手を探す余裕がある

4項目のうち、M&A側に当てはまるものが多いほど、廃業を決める前にM&Aの可能性を確かめる価値があります。逆に、資金繰りの猶予がなく、買い手が評価する要素も見当たらない場合は、廃業の費用を早く確定させることが優先されます。

次にやること

結論を急がずに、次の2つを並行して進めてください。

  1. 廃業費用の見積もりを取る — 在庫・設備の処分費、原状回復費、従業員への対応費、清算手続きの費用、借入残高の5項目について、それぞれの専門家に見積もりを依頼し、合計額を出します。
  2. 保有している資産を棚卸しする — 許認可、資格保有者、取引口座、設備、立地など、買い手が評価する可能性のある要素を書き出します。多ければM&Aの相手探しを始める価値があり、少なければ廃業費用の確定を優先します。

この2つが揃えば、廃業とM&Aのどちらを先に動かすべきかを、推測ではなく手元の数字と事実で判断できます。保証が残っている場合は、整理の進め方を取引金融機関に確認する作業も並行して始めてください。